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<<   作成日時 : 2010/03/30 01:51   >>

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私のパソコンは旧型で何をするにも不便でしたので入れかえました。
万年初心者の私にとってPCの入れかえは本当に大変。
諦めたくなる様な苦労の末ようやくネットにアクセス出来るようになりました!が、メールの方がまだです。
今のウインドウズはアウトルックが無いんだそうで・・(泣)
完全に正常に戻りましたらこちらで報告いたします。


今日は京都御苑付近に用事で行きましたので、見てみたかった十津川屋敷跡を訪ねました。
先日の京都古地図で言うとこの辺です。
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仙洞御所、寺町御門のすぐ東。

今はマンション?が建っていました。
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慶応元年、とにかく御所の近くにとこの地に十津川屋敷を建てたそうです。
今、坂本龍馬が話題ですが龍馬や中岡もよく十津川屋敷を訪れて居たそうです。

驚くのが、建築に使う材木3000本を十津川の山から切り出して京都まで運んで来たと言うのです。
車で行く事をしんどいなんて言ってたらバチが当りますね。反省です。

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すぐ西に御所の森が見えます。


この十津川屋敷には2百名ほどの郷士が来て居たそうです。
御所の警護と言う大役のため来て居たと言う事ですが、毎晩大酒を喰らって京の都を楽しんで居たんでしょうね。

それでも慶応4年の鳥羽伏見の戦いにはこの十津川屋敷からかなりの数の郷士が出兵し、多くの戦死者を出しています。
京都市のHPを見ましたら、伏見にある龍雲寺(桃山善光寺)には十津川郷士の墓が87基有ると書いてありました。

墓石に刻まれた郷士の名をみますと、大前萬平邦巳、中井富五郎盛義、深瀬勘三郎義重、更谷三治郎義則、今中虎松忠明、岡本忠三郎惟義、藤井良平成憲、谷向杢之助友諒、栗栖松次郎平兼、玉置辰之助延秋、丸谷利馬光信、杉浦茂助、中前松次郎重則、岸尾藪之進定吉、玉置角馬、玉置正平、玉置富之承・・・。

これらの姓はうちの田舎では大変馴染み深いものばかりで、友達や隣近所に必ず今あげた全ての姓が有ります。
歴史の中に名は残っていませんが、さまざまな地方の多くの人々が幕末の動乱に関わって居たのですね。

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