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TOPページのバック

2010/05/26 23:28
ホームページTOP、バックの壁紙画像、良さそうな短刀ばかりですが何の書籍の押形ですか?とお問い合わせを頂きました。

これは私がとらせて頂いていた押形なんです。
研磨記録に紹介させて頂いている短刀も入っているんですよ!


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これらの押形元画像を張り合わせます↓

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そしてパソコンで文字入れ↓(研磨記録にも鞘書などをPCで文字入れした押形が幾つか有ります。押形の雰囲気をアップするために文字入れして居ましたが、私が達筆だと誤解される事もあるやもしれず・・・と思い、最近止めています(笑)
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色を薄くして完成!
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結構手間が掛かっているでしょ。
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保昌

2010/05/24 23:26

研磨記録 「古刀 大和国」に保昌短刀を追加致しました。
整う柾目の美しい短刀です。


昨日は私、37歳の誕生日でした。
一昨日の夜から”おめでとう”の言葉をずっと待って居たのですが結局嫁も息子も誰も気付いてくれず・・・。
PCのメールを見ると何処から漏れるのか分かりませんが、妙なサイトからHappy birthday !とメール。
そんなもんは危なくて開けんわ。
仕方なく今日誕生日なんだけどと自己申告。
もう40やん!と言われて終わりです。


18で研ぎの世界に入ったのですが、もうこんな歳になってしまったと言う感じです。
弟子時代は、現在の数倍の数をこなす、今思えば異様で過酷な仕事場におりましたので今まで研磨に携わった刀は1000振りに近くなるでしょうか。
もうじきに20年になりますが、今よりも更に研磨の本数を減らす様な仕事をして行ければと思っております。
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次回研磨記録は

2010/05/23 22:39
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次回研磨記録はこの短刀をUPさせて頂く予定です。
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一文字

2010/05/22 23:44
研ぎ場にて大磨上無銘 一文字 を拝見。

定寸弱ほどか(長さをお聞きするのを忘れてました)。  総体に程よく反り、先にも力が残る。 
今は中切っ先。
詰みぎみな肌で板目。  全体に映り気が有り、指し表の腰には極めて鮮明な乱れ映り。
腰の方は焼き低めで穏やかに、所々焼頭に淡く飛び焼。
切っ先に向かい、鎬に迫る勢いで重花、蛙子を焼き華やか。少し砂流しを交える。
直ぐに丸い帽子。 所々棟を焼く。

刃中がとても明るく、そして賑やかに働いています。 大変良い一文字だと思いました。


 極めは「一文字」ですが、無銘一文字にも古一文字と言われるもの、そして福岡一文字、吉岡一文字、片山一文字、岩戸一文字などがあります。
古一文字とは、鎌倉時代前期に活躍した福岡一文字の刀工達を指します。
吉岡や片山、岩戸などの無銘の場合は「吉岡一文字」「片山一文字」などと明記するようです。
吉岡、片山などは鎌倉時代後期に活躍した一派ですので、鎌倉中期の一文字と見える場合は「福岡一文字」との極めがなされます。
「一文字」とのみの極めの場合ですが少しややこしく、福岡一文字と見て良しの場合と、鎌倉後期の一文字派の作品では有るが、吉岡、片山などの可能性も含むとする物があるようです。
互の目が目立つか、逆掛かるかなどで極めが分かれて行くのですが、微妙な物も多いでしょうしなかなか断定は難しいところなのだと思います。

   書き始めてややこしくて”しまった”と思いました・・・。 詳細(正確なところ)は各鑑定機関などにお問い合わせ下さい。


本日はじっくりと長い時間鑑賞させて頂く事が出来、大変多くの事を学ぶことが出来ました。
ありがとうございました。
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桔梗隼光鍛刀場

2010/05/19 23:39
以前京都で作刀活動をされていた刀匠、桔梗隼光さんが兵庫県相生市に鍛刀場を開かれます。

桔梗刀匠のブログ及びHPをリンクさせて頂きました。
桔梗隼光鍛刀場
刀匠隼光 羅漢の里日記

刀匠隼光 羅漢の里日記では、今まさに鍛刀場開設準備真っ只中の奮闘記が綴られています。
(「奮闘記」と書かせて頂きましたが、奮闘ぶりは写真情報から想像出来るだけす。 もしも私があんな作業を自分でこなしたならば一生の語りぐさにするところでしょうが桔梗刀匠のお人柄からか、まるで長閑な農作業をされている様な文面)

ブログ内写真使用のお許しは頂いたのですがブログのシステム上出来ないみたいで残念・・。

鍛刀場は茅葺屋根の水車小屋でほんとに素敵な所です!!
羨ましい。。
私も京町屋で仕事をするのが夢なんです。


私は1973生まれですがブログリンクをさせて頂いている田中刀匠、高見刀匠、桔梗刀匠、皆さん同じ年生まれじゃないですか?・・。 
刀職で1973て多いかも知れませんね!
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一文字

2010/05/18 23:55
一文字在銘太刀拝見。
完全な生茎。
焼きを低く抑えたタイプの福岡一文字。
錬れて潤い、完璧な地鉄。
殊に研磨が素晴らしく、出来ることなら常に手元に置きじっくりと研磨の勉強をさせて頂きたいと思うものでした。
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平成22年5月16日 入札鑑定

2010/05/17 00:43
何かと調べたい事が多すぎてあたふた。 やっとブログにたどり着きました・・。

今日は入札鑑定に参加させて頂きました。
結果は散々でしたが、もうちょっと勉強出来てれば95点を狙える出題でした。



 一号 刀

定寸ほど。 反り少し浅い。 整う地鉄。 拳丁子。

横の二号刀を見ると新刀の一文字風丁子刃です。
一瞬「二号、一号、親子か(二号初代河内守國助、一号二代河内守國助)」と思いかけました。
刃の色が少しグレー(イメージです)、少しざらつく刃の鉄(イメージです)。

 肥後守国康と入札。


 二号 刀

ちょっと長め。 平地の殆どが焼刃。 華やかな丁子。

一号の立ち位置から見るとかなり働く丁子に見えたのですが、手に取ると、にぎやかなのは焼き頭に止まり刃中は寂しい。

 備中守康廣と入札。


 三号 刀

二尺二寸弱か。 反り浅。 先へ身幅落とす。 詰まる切っ先。
鎬柾。
重花に成らない丁子。 砂流し目立つ。 京焼き出し。 帽子素直。
刃中の色が明るくざらつかず。 匂い口冴える。

ん、迷う。 大坂は間違い無い。 
分からぬ時の悪い癖で、出題者の考えを推理してしまう・・・。 
一号を中河内と見せかけて、実はこれが中河内と。 地刃の明るさは合致します。

 中河内(二代河内守國助)と入札。


 四号 短刀

八寸ほど。 室町。
腰刃一つ、上中直刃。 ベタっと映る。 帽子深い。

ん、迷う。 がいずれも決定的でなし。
刃の感じはかなり違うが腰に互の目を一つだけ焼いて、後は直刃と言う刃の構成をとって、

 千子正真と入札。


 五号 短刀

七〜八寸か。 表頭の大きい素剣(大和よりは大人しい)。 裏梵字。
直刃。返り深い。

 祐定と入札。


 
  当り
  当り
  国入り
  イヤ
  当り


 三号 はっきりとは見えませんが、砂流しが目立つと言う事は柾気は走っていると言う事で、陸奥守包保に入札。
 四号 これも違うと思いますが、他に思い当たる物もなし。 手掻包真と入札。

  当り
  当り
  国入り
  イヤ
  当り

 三号 もう悪いスパイラルです。 ちょっと造り込みが大人しいが丹後守兼道と入札。
 四号 「一回目入札の千子の親分の同然を考えて」と言うヒントを頂き、安易にこれに行ってしまいました。
     平安城長吉と入札。

  当り
  当り 
  国入り
  イヤ
  当り


 
一号  刀   肥後守国康
二号  刀   備中守橘康廣(裏菊紋)
三号  刀   粟田口忠綱(二代初期)
四号  短刀  末関包氏(天文)
五号  短刀  備州長船祐定(永正)


三号刀は後で考えると、丁子を砂流しで切ると言う紙上鑑定にも有る様な忠綱の典型作だったのですが、そこには全く結びつかず。
四号も、いずれかの札で関に行きたいところです。

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短刀

2010/05/13 23:06
研ぎ場にて南北朝初期相伝最上位短刀を拝見。
潤う地鉄。 
激しくも誠に上品で素晴らしい。


畿内、某短刀押形作成。
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のさだ

2010/05/08 22:16
和泉守兼定(ノサダですが之の字が出ません)の年紀入り刀を拝見。
「定」の字、ウ冠の下を”之”と切るので通称をノサダと言います。
室町時代、美濃物の双璧が孫六兼元と、この兼定(ノサダ)です。

長さは二尺二寸弱かと思います。 反り深く、身幅広め。 
鎬高で鎬地が広い。
中切っ先延びて枯れます。
良く詰んだ地鉄。
少し沈んだ寂しい直刃。幾つか尖り刃が有ります。物打上が匂い口深い。
返りをかなり長く焼き下げる。 その棟の焼きは匂い口深く箱がかる部分も。

全体の雰囲気から初代金道の初期作かと思いました。
枯れた雰囲気の出来ですが、大変な魅力を持っていました。
銘が殊に素晴らしい。
ノサダの大刀はめったに見ませんので、大変勉強になります。
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畠田守家

2010/05/07 23:30

研磨記録「古刀・備前国」に畠田守家の太刀をUP致しました。
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守家→守重→元重

2010/05/05 22:22
名品刀絵圖聚成で守家の事を少し調べていましたら、先日拝見した「備州長船元重 正和五年六月日」の短刀が、守家短刀、守重短刀と並んで載っておりました。
この正和五年紀の短刀が元重の最古の年紀と言う事で、大変貴重な資料です。
二代目守家の子が守重で、その子が元重と言う流れになります。

本の解説にもあるのですが、やや疲れごころの影響もある映りと流れ肌ではありますが、元重は元来の出来そのものにその傾向があります。
改めて押形を見ても、やはり景光との違いは明らかで、その辺りを完全に識別出来れば「元重」への入札になるのでしょう。

例えばこれが紙上鑑定であった場合、「肌流れ」「少し肌立ち」などのヒントが出されますから押形の刃文と合わせて即「元重」となるところなのですが、実際に刀身を手にとっての鑑定となるとそうは行きません。
流れて少し肌立ちぎみで、ほんのすこし整わない映りが確認でき、その時私は疲れが要因だと見ました。
元は精美な地肌でも、研ぎ疲れて来ると独特な映りになり、肌も流れ始める傾向にあります。
「現状はこう言う状態だが、元来はこうであろう」と想像し、兼光か景光だと思ったわけです。
結果は、そもそもその両者とは刃文が違い完全な見立て違いだったのでした・・・。
 (因みにこの元重短刀、実際は大して減って居るわけではなく、焼き幅広く鎌倉時代の短刀としては大変健全で、元重最古の年紀を有する名品で有る事を付記いたします。)

紙上鑑定とは違い実際に刀を手にとって行なう入札鑑定は、極短時間に脳が大量にエネルギーを消費し大変疲れるのですが、刀が好きな人にとっては大変貴重な機会であり至福の時なのです。
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